40代女、修羅場を乗り越え逞しく生きていく

40代女、修羅場を乗り越え逞しく生きていく

結婚15年目を迎えた40代パート主婦です。

私が30代前半、一般企業へ派遣社員として勤務していた頃、今の夫に出会いました。

夫は営業社員で、度々会議などで営業所から支社へ足を運んでいました。

第一印象は、いつも明るくお調子者のような感じでしたが、たまに影のある仕草を見せる不思議な男性という感じでした。

夫を含めた飲み会があり、私も参加することになり、楽しく会話をしたのを覚えています。

その後は、夫から飲みに誘われて2人で飲みに行くようになり、最終的にはお付き合いすることになったのです。

結婚前デートは、楽しいものでした。

コンサートやキャンプ、映画や温泉旅行など充実していたし、夫も私の話を聞いてくれたり、優しい印象しか思い浮かびません。

ですが暗雲が立ち込めたのは、結婚式前日。

夫が実母と話し笑いながら、お尻をポンポンとスキンシップをしていたのです。

私は、一瞬この行動にゾッとして、その場を離れました。

この人、この家族、大丈夫かな?この先やっていけるか心配でした。

結婚式を終え、いざ新婚生活がスタート。

私の予感は的中しました。

まずは姑が息子に対して異常なまでに盲愛。

嫁が付いているにもかかわらず、毎日、私に電話をかけてきては『Y(私)さん、今何してるの』から始まり、夫が社会人ラグビーに行っていることを伝えると、いきなり『なんで行かせたの?怪我でもしたらあかんねん、Yさんも一緒についていかなあかんやろっ』と言い出す始末。

おたくのお子さん、歳いくつですか?と言いたくなりました。

他にも、私が結婚前に挨拶に行った時、姑と小姑は、私のことを美人でもブスでもなく普通の人といったり、私らとはカラーが違うと上から目線。

さらに、私が出産した後、体の回復が遅かったため約数ヶ月、実家帰省していることが気に食わなかったのか、『Yさんの両親も貴方が数ヶ月もいたから大変だったんじゃない、私ならそんなに居候できないわ』とイヤミ連発。

あまりにひどかったため、夫とは険悪ムードが漂い、夫はそれでも姑の見方。

呆れてものが言えませんでした。

何かにつけて1ヶ月に何度も、息子のためを思っているのか、遠くからダンボールいっぱいにおふくろの味の佃煮やら靴下、ハンカチ、カッターシャツなど趣味でないものを送るため、私は離婚を考えるようになりました。

姑は、嫁の考えは全く無視で、自分がよければ他人もそう思っているだろうという安易な考えでした。

マザコン夫は結婚8年後に、遂に立ち上がり、『お母さん、嫁に嫌なこと言うのもうやめてくんないかな?俺たちの仲が悪くなるから、頼む!』と向き合ったのです。

すると、姑は今まで息子が反論したことがなかったのに、本音を言ったため、パニックを起こしてしまいました。

私は、この出来事に異常さを感じ、この家族の危うさを知ることになりました。

このまま、この人といてもお互いの為にならないし、未来を描けない。

まして、姑が息子とカプセル親子状態では、結婚した意味すらない。

私は、一時期 実家に帰省しました。

その間、夫は自分の実家へ行き、母親とカウンセリングを受けたようでした。

姑が人との境界線をひけないことに原因があると告げられたようでした。

私も、実家近くの心療内科でカウンセリングを受けてきました。

医師から『これまで、貴方は必死に耐えて頑張ってきましたね。

自分を褒めてくださいね。

だけど、ほんとうの理解者は旦那さんであって欲しかったんだよね。

今、あなたにとって大切なこと、守るものは何ですか?』と言われて『家族3人です。

特に子供はまだ小さいので、わたしがブレていたら子供に影響します。

』と伝えました。

医師は優しく、貴方のいう通りです。

まずは家族の絆を深めて行きましょう。

その為には、旦那さんの協力が必要です。

お母さんと息子の距離をとる訓練からでしょう。

』そう告げられ、夫に全て話しました。

『家に帰ってきてくれないか?俺もこれから母親のことは間に立って連絡するようにする、Yちゃんばかりに任せっきりでごめん』と誤って反省した様子でした。

一度は離婚届の用紙まで用意していた私でしたが、お互いの反省や協力で、離婚は踏みとどまり、復縁しました。

これからの人生、卒婚となるかは分かりませんが、お互いが自立心をもちながら協力していくという姿が大切なのかもしれません。